男の場合の夜の礼装としては最上位にあるのが燕尾服です。
これを着てあらわれるから、はじあての人は異様な顔をして、しまいには心配そうな顔をする。
こんな第一礼装を着ているくらいだから、さぞかしこの店は高いだろうな、と心配になるのだ。
しかしいくら高い店でも日本の高い店とはちがう。
なにしろ日本という国には、コーヒーがですよ、あのコーヒーが、一杯なんと九千九百円という店もあるのですから、事実。
外国では安心していられる。
たかがコーヒー一杯、という気安い値段がついているということで、まちがってもコーヒーに"様"がつくようなもったいない値段はついていない。
この店でも、他の店とくらべてせいぜい二倍と見とけばいい。
海外旅行をしたら安心してコーヒーを注文してみよう。
しばらくして、くだんの燕尾服氏が、コーヒーを片手にして目の前に立つ。
白と黒と、鮮やかなオレンジ色を縞模様に仕上げたコーヒーカップです。
これはジノリという、イタリアでは超高級品の部類に入る、焼き物のメーカーの品です。
日本でいえば、さしずめノリタケチャイナというところか。
このコーヒーカップをおくとき、小さな紙片もいっしょにかたわらにおく。
これがコーヒーの計算書です。
こういう場合、すぐその場で、持ってきたのと同時に払うのと、コーヒーを飲んでしまっていざ立ち上がるというときになって、あらためて払うのと、その払い方は二とおりある。
昔はヨーロッパじゅうが、後者の払い方でした。
しかし近ごろはウエイターの数も、絶対数ぎりぎりの場合が多いし、ちょっと客が多いと手が回らないから、コーヒーを運ぶのと、金を受けとる手間が二度になるので、ウエイターもそれらしい顔つきをして、客を促すことが多くなった。
それとうっかりすると、あっという間に客が消えてしまうこともあるとか。
これはウエイター側のいいぶん。
そして客のほうから言わせれば、いざ立ち上がろうとしてまわりを見渡しても、かんじんのウエイターは来ないし、どうすりゃいいんだこの俺は、ということも多いので両者の便宜上、いまではいわば引きかえに金を払うことが多くなった。
さて、ゆっくりこの紙を見てみよう。
上がコーヒーの値段、いまなら三千ユーロか五千ユーロくらいはするだろうか、ここのコーヒーは。